仙人の釣日誌

 2018年1月2日 ヘラブナ釣り一旦終了

雨堤池

あけましておめでとうございます、今年も宜しくお願いします。

私は、2017年12月の例会を最後に、ヘラブナ釣り同好会「神戸釣好会(こうべきんこうかい)」を退会した。理由は、例会を行う釣り池の減少により、2017年度は、新松池と雨堤池の2つしか無くなったことである。更に今年の3月で雨堤池も無くなる予定である。いつも同じ池で釣りをしていても面白くないし、最近は池の管理が良く無く、余り釣れなくなってしまったことも要因の一つである。私が入会した頃は、一年間毎月違う釣り池で例会が出来る程池があった。

また、近年は会員も著しく減ってしまった。このヘラブナ釣りは、時代として私の親世代(現在の70〜90歳)の釣人口が一番高いと思われる。私が入会した20年ぐらい前は、名簿で30人ぐらいは居られた。昔から在籍される会員の方の話によると、一番多い時は50人ぐらい会員が居た頃もあったらしい。

最近、釣好会も会員数が減って、他の会と合併するようなことになった。それでも会員数が20人を上回ることは無かった。やはり会員の年齢層も高く、平均すると65歳ぐらいになると思う。一時は、私が一番若い存在であった。池では若い人をちらほら見掛けるが、新たに入会される方は居なかった。

ヘラブナ

会に若い方が居なかったことが逆に幸いして、私は先輩の方から可愛がってもらえた。ヘラブナ釣りの技術は当然であるが、世渡りの仕方やお遊びのことも教えてもらえた。私の人生において、非常に価値ある情報???を得ることが出来た。

私にとって釣好会は2つ目の会で、その前は「神戸イレブン」という会に所属していた。入会したのは、高校を卒業した頃だから19歳ぐらいだったと思う。入会した頃は、ヘラブナ釣りは下手くそで、例会ではいつも下位であった。しかし、何とかして上手い人のように釣りたいと、努力して頑張った。その頃は、難しいヘラブナ釣りが楽しくてしょうがない時代であった。この神戸イレブンが、会員の減少で解散することとなり、先輩に紹介されて神戸釣好会に入会することになった。

私がそもそもヘラブナ釣りを初めて経験したのは、小学校3年ぐらいの頃、親友の父親がヘラブナ釣りに連れて行ってくれた時であった。もう無くなったが、神戸市西区の手末屋池という釣り池であった。その時、初めてヘラウキを知り、その美しさに魅せられた。そのヘラウキを作ってみようと、小学校6年の時からヘラウキ作りを始めた。

ヘラウキ

←仙人作「花魁」、孔雀の羽根で作った作品で、特にセンターが出てから接着しているので、回してもブレが少ない。

凝り性の自分にとって、釣具店で売っているぐらいのヘラウキを作ってやろうと、ヘラウキ作りの本やヘラブナの月刊誌などから情報を収集し、研究に研究を重ねて実践を繰り返した。特に作るのが難しい「孔雀の羽根」で作ることにこだわった。その結果、一応納得出来るレベルのヘラウキを作れるまでの技術を習得することが出来た。その技術は、竿のガイド付けや塗装に活かされている。

19歳の頃から「毎月第三日曜日」はヘラブナの例会…と続けてきたが遂に終わってしまった。寂しい気持ちもあるが、以前から近い将来会が無くなってしまうか、自分から辞めることになると思っていた。各釣具メーカーのカタログを見ても、ヘラブナは一番最後である。メーカーも先を見越しての対応だと思う。

ヘラブナ釣りは、どの釣りにも通用する高度なテクニックを習得することが出来る。繊細な細い釣り糸を切らない技術、また長竿の扱いや、あしらいが上手くなるので、船や磯での竿の扱いは、周りの方より上手いことが多い。私もヘラブナ釣りを経験してきたことで、船釣りにおいて他人より技術的に優れた面を持っている。

最近は、若い人、そしてオッサンまでルアー釣りにハマっている感じがする。どの釣りも、面白いからハマっているので否定はしない。メーカーも釣具を売るために、今までに無い物を作らなければ売れないから大変だと思う。時代の流れで釣りも変化する。自分の頭にある釣りの概念は、「自分の時代」という言葉に例えるのが正解だと思う。